愛媛県の田舎。入り組んだ海岸、海が見えて綺麗な町。

そこに一人の少年が住んでいた。

農家の息子、いつも出稼ぎで家に居ない父と鬼のように恐い母

上に3人、下に2人間に挟まれていつも損をする。真ん中は不幸だ。

そんな少年の口癖はいつもこう

「こんな田舎いつかは出て行ってやるー!!」

でも、小さな町の小さな少年には大きな夢があった。

大工になりたい。

創ることが好きだったこともあるが一番の理由は叔父の姿

でっかい家を創る姿がまぶしくて、いつか自分もそうなるんだと信じて疑わなかった。

ある日、胸に秘めた想いを話す

「おっちゃん!俺いつか大工になりたいんだ!」

そのあと叔父がなんて言ったて?叔父の言葉は少年の人生を変えるものだった。

「悪いことは言わん。大工は・・・・・やめとけ」

夢とお金の間

当時日本は高度経済成長の真っただ中でビルや高層マンションが次々と建てられていました。簡単で強度も木造より強いことから多くの建物がコンクリート化していく中で花形だった大工の仕事は失われていきます。仕事がなければ生活も家族も養うことができない。あの時の叔父は私の為に大工になるなと言ったのかもしれません。「夢とお金の間」で私は悩みました。しかし、10代の私はその言葉を単純に受け入れ大工の夢を諦めました。そして選んだ道は「美容師」。奇しくも職人とはかけ離れた仕事に就くことになったのです。

都会で得たもの

十数年後。大阪。

少年は多くの従業員を束ねる経営者になっていた。

あの時の小さかった少年はどこにもいない

大工になる夢は叶えられなかったが、すべて手に入れることができた。

車も、家も、服も、富も名声も誰もが羨むほどの物を持っている。

なのに

「足りない」

10万の服の次は100万の服。100万の車の次は1000万の車。1000万の家の次は1億の家

得れば得るほど次が出てくる。得れば得るほど飢餓が増す。得れば得るほど孤独がある。

唯一、残ったもの

戦後から日本の社会は人格や精神性、夢や理想といった目に見えないものではなく、目に見える物。お金や物、地位権力が成功の基準となってしまいました。しかし、どれだけ手に入れても目に見える物はいつか必ず「ゴミ」になります。だって私が得た車も家も今では手元に無いのですから。都会で得た物は何もありません。私は夢と引き換えに大切なものを置いてきたのかもしれません。ただ、一つだけ確かに残っているものがあります。それは「自分自身」です。積み重ねた経験、知識、スキルは朽ち果てることはありません。いつもここに、私の中にあります。本当に大切なことを伝える為に美容室のコンサルティングを始めます。大切な事を伝える毎日の中で徐々に真実が見え始めました。

真実に近づく。

私たちの仕事の中に、医療に食事に住まいに、日常生活の中にある「ウソ」はいつの間にか本当になってしまった。

治す医療から対処する為だけの医療へ。自然な食べ物から不自然な食べ物へ。

人が集まる家から人と交わらない家へ。黒髪という個性は茶髪という無個性へ。

日本の正しい歴史は消されて、伝統はすり替えられて、誇りは汚されて。

それに普段は気づかない。

真実は隠れていて見えない。しかし、見ようとする者の目には確実に見えてくる。

知れば知るほど、見れば見るほど、理解すれば理解するほど

日本がなくなってしまうように思える。

私たちは今帰路に立たされているかもしれない。

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